追想の彼方

自然の中で、日々の暮らしの中で…移り変わり揺れ動く心の内を 気儘にも身勝手にも感じるままに。

このままふらっと

薄れだす藍の帷
せせこまし住宅街
涼らと 風だけ吹き通す



目醒めたままの
くしゃくしゃ頭
後ろに反らして



細く開けた屋根間に高く
快夏青天
きらりと重なり



珠には
も少し遠くに行けよ
何て語りかける




草臥れ尽くして
眠るだけ
日々ゆく躰は重いけど



まだまだ
ちょいと
もうひと踏ん張り



そんな気持ち
湧きだして
ゆるい猫背をとんと押す



南に駆けて湾岸へ
夜明かし星でも 
探しにいこうか

鎮む熱り 途の鳴り頻る その声を無尽に浴び

未だ
潤し雨も降りださぬまま
宵闇、
深く静まる
紺色の刻は瞬きもせず
満開に晴れ渡り



  今夜 もう昇りもせず
  暮れもしない火輪は
  明日に目醒めた半球で




  今頃きっと
  厳めしく睨みを利かし
  輝いていることだろう




  茹だる暑さに涼し風
  アンバランスな毎日
  湿った薄明がまた訪る




翌週末
濁白に遮られた天界
から
悲しみを孕む
水粒の注ぎ始めた日



びしょ濡れのまま
この大地に埋もれる
報われず
何処へ失せたもの達の
数多亡骸の上に立つ




瞳を滑り落ちる
鈍く
洗われる場景に
散りばまる
クリアな破線の連続体



その打ち弾ける、
乱れた音階は
頭蓋に喧しく跳ねて
騒がしいまま
いつも重なり合わない




響き止まず
煮えたぎる泡に似た
沸き返す木霊
黒と銀とに分離する
アスファルトの反射
目映さに痛む眼



ショッキングピンク
低い木花は泣き開け
曇ったカーブミラーが
青屋根の倉庫を
異次元へ傾いた
奇妙な角度で映しだす




  下り坂を登る車輌
  に出会うこともなく




  下り坂を下る車輌
  とも擦れ違わない




いつまでも
ただ 通りすがるだけ
賑やかな人影を
薄暗い午後の片隅で
待ち侘びている



いつまでも
記憶の端に引っ掛かり
消えかかる面影を
心のどこかで
待ち望んでいる




  滴り過ぎる雫を見詰め




  いつまでも
  変えられない気持ち
  抱えたまま
  捨て去れないままに




時折、
垂れ込める空を
虚ろな表情で
見上げ
纏わりつくような
孤独に呑まれ



いつまでも
震えながら
このまま
この戻せはしない
行き進む時のなか
今にも歪み
崩れだしそうな、躰を支え

解き放される瞬間は ありふれた道程のなかに

生温い空気が
淀み、籠り始めた
穴蔵から
飛びだし走り出す



剰りにも爽やかな
鮮緑の情景
目一杯 吸い込みながら
追い越してゆく




いつもの寄り道
いつもと違い
広々と
開き、満ち満ちて
光り揺蕩う 貯水池の畔



からりと乾いた
快晴の眩さ
初夏の昼下がり
典雅に
団扇から生まれたような
小風が幾度も吹き過ぎ
自身から滲む
汗と火照り
ゆるりと浚う



繁く葉桜は青青

瑞々しく頭上を
覆いながら
閑やかな影を踏み足の先に
木漏れ陽の斑と



短な尖り草
ふさり湛える
山砂の感触は
乱れ息の治まり切らない
躰の重みを
柔らかに逃がして



そっと
四本柵の後ろに佇む
割り樹の
古めく長ベンチ
予約もなしに用意された
自由席に腰を預ける




  その回りを
  小鳥たちの
  涼しげな囀ずり
  高く駆け交い
  辺りへ、砕けて ちりり
  と
  輝く虹片のよう
  振り撒かれ



  爪先には
  疾うに
  花期を終えた
  平戸躑躅が触れ並び
  微風に踊り
  止め柵を跨げば
  親子らしき枯れ薄
  蒼空にふらり靡き
  つかの間
  心地よい眠気が瞼を擦る




  暫く
  巻き浸す時に
  思い委ねて




徐に立ち上がり
大袈裟な
伸びをする
そして
澄んだ宙空を十歩ほど
眼で、辿り覗けば



水面は捲れ
斜に運ばる 細波
きらひ

弾けるように
瞬きながら岸へ寄せ



その行方を
辿れば間近
浅底の白粒に
光の筋も棚引きながら
震えて揺れて
幾重にも
継いで進んで
うるやかに
護岸を埋める
叢の懐に消えてゆく




  ぐるりと見渡す
  全方位に貫かる
  清々しさ
  止むことを知らず




  背から呼び掛け
  連れ立とうと
  勢いを引く
  風の歌は耳許を撫ぜ




  横螺旋を描くよう
  透き通る姿で
  すべらかに
  流れ抜けて 昇り去る




そっと
踵を返し
軽く窄めた半目に
望む
肩線より低い
山々の連なり
遍く尽きず
滑り出せそうなほど
なだらかに延びて



もう一つ
遥か
遠奥を見詰めれば
ぼやけて霞む
水色彩の天

今、穏やかに
視界の最も果てで
手を取り結ばれ混ざり合う