追想の彼方

自然の中で、日々の暮らしの中で…移り変わり揺れ動く心の内を 気儘にも身勝手にも感じるままに。

慵刻に見ゆ 顛末は遠く 微笑を浮かべ翻り






  一握り程のはぐれ雲が





それは南方位へと
強く圧し浚う
素早い、七色の風に
打たれ 散り
解けるように変化する
軟らかに
姿を変えてゆく
激流を逆らい
命懸けで鰭を振る
川魚の如く模して
無心に泳ぐ
全身を
著しく
震わせながら





  も、
  六十分の十五秒程度の
  束の間





ふわり捲られ
乱されて
うわり

分岐し始め
ハート形を飛ばし
ぐるり
囲うように
両の掌に乗せ
柔らかに
跳ねさせて
そこから、じわり滑らか

しなやかに遊離し
歪みながら
手を取り繋ぎ
真円を描くように





  愉しげにダンス
  スローリー・ダンス





  煙人形達は
  ゆるり廻り 傾きながら
  それでも幸せそうに
  崩れていく





そしてまた
ゆらり集約された
丸みを帯びる、菱形が
転がるように
旋回する塊は
完成したパズルが
ゆっくりと引かれて
ひび割れるよう
四等片に分離した
その象さえも



千切られ、
放されるように
薄く掠れ
束ねられた
か細く
仄白い綿糸が
梳かれるよう
か弱く
流されながら延びてゆくだ



何かが垣間見えそうで
何もみえて来ない
小艶を帯びる
明るさの張られた
緩やかに抜けるような
しかし、
無口なままに眺めさせる
物寂しさの
拭えない天上



焦点の目指す先も
曖昧に
何の確証も掴めず
この世界の
どこにも届きそうもない



ただ
漠と
もて余す時を
呑み込んでゆく
当てのない、遥向こう岸へ
溶け込むように





  思いの丈は弾け
  朧気に揺れる虚しさに
  ぼんやり
  と
  くすんだ
  心の
  膨らみのなかにも
  同時に過ぎ去り
  消え去ってしまう





僅か
三分にも満たない
齣送りの時間
それは昨日までも
そして今日までも
未だ触れられぬ
明日までも




この、紐解かれたばかり
リメイクされた
うららかな春の
表舞台から
無理矢理にも
連れ去られて
しまったかのようで




誰しもが持つ
深い 胸奥底の闇に
認知し
そして暗に望むもの
ふいに振り返る
その、変哲のない
ありふれた
場景の裏隅に
密やかに隠されている





生きとし
生けるもの

悲しい性
甘美なる滴り
狂喜の淵
そして、
奈落に巣食う 
夥しい 数奇の蠢きに






















慵刻(ようこく)…
造語。物憂さを刻んでゆく執拗な時間の意。

ぱらり 春の色齣

あの日は
どうして
冬退け風が
コンクリートの丘にまで
しゅしゅしゅしゅ
しゅしゅら 
と吹き踊り




あれやもこれやも
散らかし放題




眼下に敷かれた
電子基盤そっくりな
都市街並みの遊園地
戯れて跳んで
はしゃいで、滑る
ひゃららいら





捲る日、田舎を
ぶーらりら
長閑に目覚めて
色濃く香る 紅梅白梅
にこやかに咲き乱る
喜びの宴に蜜蜂たち
くるくるくるり
飛び回り
もぞもぞもぞり
甘あい
みつ液に、無我夢中





ある時ある村
昼下がり
その日は
いつもの寄り道で
パキポキパリリ
色つや抜けた 雑木林
枯れ果てる
茶草藪の入り口に



小さな胡蝶
ぴららひ舞いながら
近づいて
足許前に
優しく
しずかに降り留まる
よくよくみれば
目映く鮮やか 黄色のお花
一輪元気に
咲いていて



ゆるりゆるり

斑の羽を、
開いて閉じて
美味しそに
まあるい中心 吸っています




あらあらもうさ
お出かけですか




ぷいっと、しゃっと
飛び立ちました



ぴらぴらぴらり
お友達の御出座しです



付いて離れてまた付いて
行きつ戻りつ、
愉しげに
橙毛の三つ編み
編んでるみたい




たらるら っと
くるらら っと
ゆらるら っと 
するらら っと




山鳥たちの
可愛い、囀り歌と
踊るよに
織り成すように



明かる水色
つるりと晴れた
ぽかぽか陽気の 
み空に乗せて












※色齣(いろこま)…
造語。趣のある場面の意。

どれだけ辛くとも 季節は 新たな頁を捲り続ける

もう一人の
自分が
前頭葉の付近で
無意識に呟く



頼みもしないのに
巡る 暖かな春は
厄介な荷物を
引っ提げてやって来た



疫病に蝕まれた
この混沌とする世の中に
またも
繰り返す、戦禍の報道




  誰しもが望む
  明日の平和を
  踏みにじるように




毎度の帰宅ラッシュ
のろつく
軽渋滞を食らう夕刻
ざわめく繁華街を
スモーク硝子の向こうに
眺めながら



ワンボックスの
社用車内の後部座席まで
危険、極まりない
現地から
特派員の声が
訴えるような口調で
響いている




「ロシアの侵攻に
ウクライナの兵士は、
自分の命が無くなるのが
恐いんじゃない
自分の国が
無くなることが恐いんだ
と言っています」




始め、その意味が
よく解らなかった
脳髄でリピートされる
その言葉が就寝時まで
記憶のなかを
さ迷い 泳ぎ止まない






翌日にまた
何気にスイッチを入れた
早朝のTV番組でも
悲惨な戦況が放送されている




  撃ち込まれたミサイルに
  内部階の
  全てが雑多に
  吹き飛ばされて



  外側の窓穴には
  暗い沈み影ばかりが佇む
  廃墟と化した
  主要公共施設



  凄まじい爆撃に晒され
  瓦礫に塗れた都市
  斑入り灰に染まる街並み



  巨大なバリケード用の
  コンクリートブロックが
  重々しく据えられた
  ジグザグな幹線道



  故郷を追われ
  五十キロ以上も徒歩で急ぎ
  必死に逃れゆく人々





運よく砲撃を受けず
存命する
ある病院内の情況が
痛々しく映しだされる
清潔な空間に
血の滲む包帯を躰に巻いて
フロアの
其処彼処に置かれた
ストレッチャーやベッドに
寡黙に横たわっている
負傷者たち




「この病院にいる
動ける人達は
皆、帰りたがっている
しかし
家族がもう
亡くなってしまっていないので
ここに
居るしかないんです」




インタビューに答えた後
カメラに向かい
切実に説明する
女性看護師は
溜め込んでいた涙を
わっと溢した






貰い泣き
するとこじゃないか、
普通
頬を伝う熱いものを
感じるんじゃないのか、 普通
怒りが沸騰し
自棄糞になって
部屋のものに
当たり散らすんじゃない
のか、普通



よその国の出来事と
深く感情移入
できない自分がいる
仕方のないことと
冷たく傍観している自分がいる
日々の生活を熟すのに
精一杯な
疲弊した自分がいる
煩わしい何もかもに
目を瞑ってしまいたい
自分がいる




  胸底まで滲み込む
  苦味が度を越して
  気分が悪くて敵わない
  のは
  僕ひとり
  だけなのだろうか




もうすぐ
この長閑な地方にも
桜前線はのぼり
満を持する
蕾たちが開く頃




  不意に仰いだ
  そう、
  あの放された宙を
  ちらひと翻り
  夢のように
  流れゆく
  ひとひらの
  淡紅の花びらとして
  可憐に
  生まれ変わりたい
  と


  密かに、切に願うのは
  本当に
  僕ひとり
  だけなのだろうか




晴れ延べる空より降り注ぎ
眩く照らす 
円かな陽差しに 程よい
ぬくもりを帯びた昼日中



人肌ほどに
温かく柔らかな風が
強く顔面をはたきながら
少し長めの
前髪を 踊らせ




  開発の手が伸びゆく
  山間部の奥まり
  なだらかな峠道を逸れた
  高台に開ける
  工業団地の一区画
  
  職場の一室から見渡す
  だだっ広い
  砕石混じりの土敷き
  
  掘削重機と工事車両が
  点在するだけの
  殺風景な、
  乾いた 駐車スペースに




その風は
素早く
きつく吹き荒れて、
入れ替わり
そして経ち代わり
懸命に回転する
タイヤたちに擦られ
舞い踊る
黄白い
砂埃を 引き摺って



強引にも獲物に
襲い掛かるよう



鋭くまくり上げ
何事も
なかったかのように
幾度も 
無心に 見詰めた 
涼しげに、
呼んでは戻す 
矩形枠に 収まる景色のはずれへと 
粉塵に紛れ か薄く
解けた気持ちも 
綯い交ぜて
否応なしに連れ去ってゆく