追想の彼方

自然の中で、日々の暮らしの中で…移り変わり揺れ動く心の内を 気儘にも身勝手にも感じるままに。

ぱらり 春の色齣

あの日は
どうして
冬退け風が
コンクリートの丘にまで
しゅしゅしゅしゅ
しゅしゅら 
と吹き踊り




あれやもこれやも
散らかし放題




眼下に敷かれた
電子基盤そっくりな
都市街並みの遊園地
戯れて跳んで
はしゃいで、滑る
ひゃららいら





捲る日、田舎を
ぶーらりら
長閑に目覚めて
色濃く香る 紅梅白梅
にこやかに咲き乱る
喜びの宴に蜜蜂たち
くるくるくるり
飛び回り
もぞもぞもぞり
甘あい
みつ液に、無我夢中





ある時ある村
昼下がり
その日は
いつもの寄り道で
パキポキパリリ
色つや抜けた 雑木林
枯れ果てる
茶草藪の入り口に



小さな胡蝶
ぴららひ舞いながら
近づいて
足許前に
優しく
しずかに降り留まる
よくよくみれば
目映く鮮やか 黄色のお花
一輪元気に
咲いていて



ゆるりゆるり

斑の羽を、
開いて閉じて
美味しそに
まあるい中心 吸っています




あらあらもうさ
お出かけですか




ぷいっと、しゃっと
飛び立ちました



ぴらぴらぴらり
お友達の御出座しです



付いて離れてまた付いて
行きつ戻りつ、
愉しげに
橙毛の三つ編み
編んでるみたい




たらるら っと
くるらら っと
ゆらるら っと 
するらら っと




山鳥たちの
可愛い、囀り歌と
踊るよに
織り成すように



明かる水色
つるりと晴れた
ぽかぽか陽気の 
み空に乗せて












※色齣(いろこま)…
造語。趣のある場面の意。

どれだけ辛くとも 季節は 新たな頁を捲り続ける

もう一人の
自分が
前頭葉の付近で
無意識に呟く



頼みもしないのに
巡る 暖かな春は
厄介な荷物を
引っ提げてやって来た



疫病に蝕まれた
この混沌とする世の中に
またも
繰り返す、戦禍の報道




  誰しもが望む
  明日の平和を
  踏みにじるように




毎度の帰宅ラッシュ
のろつく
軽渋滞を食らう夕刻
ざわめく繁華街を
スモーク硝子の向こうに
眺めながら



ワンボックスの
社用車内の後部座席まで
危険、極まりない
現地から
特派員の声が
訴えるような口調で
響いている




「ロシアの侵攻に
ウクライナの兵士は、
自分の命が無くなるのが
恐いんじゃない
自分の国が
無くなることが恐いんだ
と言っています」




始め、その意味が
よく解らなかった
脳髄でリピートされる
その言葉が就寝時まで
記憶のなかを
さ迷い 泳ぎ止まない






翌日にまた
何気にスイッチを入れた
早朝のTV番組でも
悲惨な戦況が放送されている




  撃ち込まれたミサイルに
  内部階の
  全てが雑多に
  吹き飛ばされて



  外側の窓穴には
  暗い沈み影ばかりが佇む
  廃墟と化した
  主要公共施設



  凄まじい爆撃に晒され
  瓦礫に塗れた都市
  斑入り灰に染まる街並み



  巨大なバリケード用の
  コンクリートブロックが
  重々しく据えられた
  ジグザグな幹線道



  故郷を追われ
  五十キロ以上も徒歩で急ぎ
  必死に逃れゆく人々





運よく砲撃を受けず
存命する
ある病院内の情況が
痛々しく映しだされる
清潔な空間に
血の滲む包帯を躰に巻いて
フロアの
其処彼処に置かれた
ストレッチャーやベッドに
寡黙に横たわっている
負傷者たち




「この病院にいる
動ける人達は
皆、帰りたがっている
しかし
家族がもう
亡くなってしまっていないので
ここに
居るしかないんです」




インタビューに答えた後
カメラに向かい
切実に説明する
女性看護師は
溜め込んでいた涙を
わっと溢した






貰い泣き
するとこじゃないか、
普通
頬を伝う熱いものを
感じるんじゃないのか、 普通
怒りが沸騰し
自棄糞になって
部屋のものに
当たり散らすんじゃない
のか、普通



よその国の出来事と
深く感情移入
できない自分がいる
仕方のないことと
冷たく傍観している自分がいる
日々の生活を熟すのに
精一杯な
疲弊した自分がいる
煩わしい何もかもに
目を瞑ってしまいたい
自分がいる




  胸底まで滲み込む
  苦味が度を越して
  気分が悪くて敵わない
  のは
  僕ひとり
  だけなのだろうか




もうすぐ
この長閑な地方にも
桜前線はのぼり
満を持する
蕾たちが開く頃




  不意に仰いだ
  そう、
  あの放された宙を
  ちらひと翻り
  夢のように
  流れゆく
  ひとひらの
  淡紅の花びらとして
  可憐に
  生まれ変わりたい
  と


  密かに、切に願うのは
  本当に
  僕ひとり
  だけなのだろうか




晴れ延べる空より降り注ぎ
眩く照らす 
円かな陽差しに 程よい
ぬくもりを帯びた昼日中



人肌ほどに
温かく柔らかな風が
強く顔面をはたきながら
少し長めの
前髪を 踊らせ




  開発の手が伸びゆく
  山間部の奥まり
  なだらかな峠道を逸れた
  高台に開ける
  工業団地の一区画
  
  職場の一室から見渡す
  だだっ広い
  砕石混じりの土敷き
  
  掘削重機と工事車両が
  点在するだけの
  殺風景な、
  乾いた 駐車スペースに




その風は
素早く
きつく吹き荒れて、
入れ替わり
そして経ち代わり
懸命に回転する
タイヤたちに擦られ
舞い踊る
黄白い
砂埃を 引き摺って



強引にも獲物に
襲い掛かるよう



鋭くまくり上げ
何事も
なかったかのように
幾度も 
無心に 見詰めた 
涼しげに、
呼んでは戻す 
矩形枠に 収まる景色のはずれへと 
粉塵に紛れ か薄く
解けた気持ちも 
綯い交ぜて
否応なしに連れ去ってゆく

綿ジャケ内の重ね着も共に越冬す

春めいて来た
というのかな こんな時
しぶい眼を瞬かせる
朝一番
鼻先を擽る
毛布の暗闇のなか
いつもの芋虫スタイル
今日は寒さで
身体が震えない



二度寝三度寝、繰り返し
のんびりと床上に転ぶ
満足のゆく快眠に
ぱっちりと冴えた瞳
近く電線に留まる雀も
スローテンポ
気持ち良さそうに
可愛らしい鳴き声を
暖かな宙へ
ぴょんこと 跳ばす




  ほっこりとする庭先
  お隣さん家から
  洗濯槽に飛び込む
  水道水の
  急ピッチで
  吐きだされる悲鳴と
  清々しい破砕音が
  躰の隅々まで駆け巡り


  その快活さは
  時代劇で ばっさり
  と
  ぎらつく刀で
  返り討ちにされる
  悪役の ド派手に噴き出す
  血しぶきのような
  奔放さを携え
  周囲の地表を
  なみなみと
  潤していくようで



  ひんやりとする
  そよ風に揺らぐ
  紫煙をゆっくり
  と
  うねりながら
  のぼりゆく
  しなやかな動きに
  釣られて追えば


  さっぱりした薄眩い青


  恰も、自分のために
  用意されたかのよう
  すっきりと
  蛇坂路づたいに犇めく
  瓦屋根たちを超えて
  天空の層を
  無条件に充たしながら




  澄明さの粒子
  わんさと振り撒き




空気も美味しい午前
ちょいと近隣を散策
穏やかさを取り戻した
この低く連なる
稜線に挟まれた
緑多きベッドタウン
どこもかしこも
緩んで見えて 夢のよう



浅広い中流が
すべすべと、
なだらかに下る
様々な自動車たちの離合が
尽きない日々の忙しさ

ついつい
遠い目に浮かべてしまう
正道と並走した
山間底を覗けば



粒々ごろり
と留まる
数多、剥きだしの
大福餅のように白く乾いた
丸み石たちも
ほのぼのとする
ほど高く昇った
朗らかな陽の
温かく 優しい光に
淡金色に照らされ
睦まじく和んで見える




  何時、どこで、なにを
  間違えようが
  履き違えようが
  どこから どこまでの
  歳月を
  どれだけ無駄に過ごそうが
  忘れ去ってしまおうが
  ここから彼処まで
  どんなに輝かしい道を
  見失ってしまおうが



  絶えず ゆす振られ
  浮き沈む
  感情の荒波を泳ぎ抜き
  鬼教官のように
  手厳しい現実という
  試練を 乗り越えて
  この真新しい季節に
  なんだかんだ言って
  今年も、確かに辿り着いた
  紛れもない自分がある



  それだけでいい
  それだけが僕らの道標
  それが幸せの証なんだ
  と
  胸に想い 固めれば
  なんだか
  肋骨の裏側へ
  大切に納められた
  密やかな 鼓動が
  もう一回り大きく
  豊かになった気がした















※綿ジャケ(わたじゃけ)…中綿入りジャケットの略。