追想の彼方

自然の中で、日々の暮らしの中で…移り変わり揺れ動く心の内を 気儘にも身勝手にも感じるままに。

どれだけ辛くとも 季節は 新たな頁を捲り続ける

もう一人の
自分が
前頭葉の付近で
無意識に呟く



頼みもしないのに
巡る 暖かな春は
厄介な荷物を
引っ提げてやって来た



疫病に蝕まれた
この混沌とする世の中に
またも
繰り返す、戦禍の報道




  誰しもが望む
  明日の平和を
  踏みにじるように




毎度の帰宅ラッシュ
のろつく
軽渋滞を食らう夕刻
ざわめく繁華街を
スモーク硝子の向こうに
眺めながら



ワンボックスの
社用車内の後部座席まで
危険、極まりない
現地から
特派員の声が
訴えるような口調で
響いている




「ロシアの侵攻に
ウクライナの兵士は、
自分の命が無くなるのが
恐いんじゃない
自分の国が
無くなることが恐いんだ
と言っています」




始め、その意味が
よく解らなかった
脳髄でリピートされる
その言葉が就寝時まで
記憶のなかを
さ迷い 泳ぎ止まない






翌日にまた
何気にスイッチを入れた
早朝のTV番組でも
悲惨な戦況が放送されている




  撃ち込まれたミサイルに
  内部階の
  全てが雑多に
  吹き飛ばされて



  外側の窓穴には
  暗い沈み影ばかりが佇む
  廃墟と化した
  主要公共施設



  凄まじい爆撃に晒され
  瓦礫に塗れた都市
  斑入り灰に染まる街並み



  巨大なバリケード用の
  コンクリートブロックが
  重々しく据えられた
  ジグザグな幹線道



  故郷を追われ
  五十キロ以上も徒歩で急ぎ
  必死に逃れゆく人々





運よく砲撃を受けず
存命する
ある病院内の情況が
痛々しく映しだされる
清潔な空間に
血の滲む包帯を躰に巻いて
フロアの
其処彼処に置かれた
ストレッチャーやベッドに
寡黙に横たわっている
負傷者たち




「この病院にいる
動ける人達は
皆、帰りたがっている
しかし
家族がもう
亡くなってしまっていないので
ここに
居るしかないんです」




インタビューに答えた後
カメラに向かい
切実に説明する
女性看護師は
溜め込んでいた涙を
わっと溢した






貰い泣き
するとこじゃないか、
普通
頬を伝う熱いものを
感じるんじゃないのか、 普通
怒りが沸騰し
自棄糞になって
部屋のものに
当たり散らすんじゃない
のか、普通



よその国の出来事と
深く感情移入
できない自分がいる
仕方のないことと
冷たく傍観している自分がいる
日々の生活を熟すのに
精一杯な
疲弊した自分がいる
煩わしい何もかもに
目を瞑ってしまいたい
自分がいる




  胸底まで滲み込む
  苦味が度を越して
  気分が悪くて敵わない
  のは
  僕ひとり
  だけなのだろうか




もうすぐ
この長閑な地方にも
桜前線はのぼり
満を持する
蕾たちが開く頃




  不意に仰いだ
  そう、
  あの放された宙を
  ちらひと翻り
  夢のように
  流れゆく
  ひとひらの
  淡紅の花びらとして
  可憐に
  生まれ変わりたい
  と


  密かに、切に願うのは
  本当に
  僕ひとり
  だけなのだろうか




晴れ延べる空より降り注ぎ
眩く照らす 
円かな陽差しに 程よい
ぬくもりを帯びた昼日中



人肌ほどに
温かく柔らかな風が
強く顔面をはたきながら
少し長めの
前髪を 踊らせ




  開発の手が伸びゆく
  山間部の奥まり
  なだらかな峠道を逸れた
  高台に開ける
  工業団地の一区画
  
  職場の一室から見渡す
  だだっ広い
  砕石混じりの土敷き
  
  掘削重機と工事車両が
  点在するだけの
  殺風景な、
  乾いた 駐車スペースに




その風は
素早く
きつく吹き荒れて、
入れ替わり
そして経ち代わり
懸命に回転する
タイヤたちに擦られ
舞い踊る
黄白い
砂埃を 引き摺って



強引にも獲物に
襲い掛かるよう



鋭くまくり上げ
何事も
なかったかのように
幾度も 
無心に 見詰めた 
涼しげに、
呼んでは戻す 
矩形枠に 収まる景色のはずれへと 
粉塵に紛れ か薄く
解けた気持ちも 
綯い交ぜて
否応なしに連れ去ってゆく

×

非ログインユーザーとして返信する