追想の彼方

自然の中で、日々の暮らしの中で…移り変わり揺れ動く心の内を 気儘にも身勝手にも感じるままに。

茫然自失に抱かれる夜に

雑樹山に囲まれた
隠れ里
細く縫い走る県道
暗に目醒めた剛猛獣たち
地の奥底から
唸り声を上げ


次々と
アスファルトに
旋回足で這い出し
超過速で疾走
その重く分厚い響きは
とっぷり闇色に暮れる
野放図の静寂に
頑強な釣鐘を
打ち鳴らすよう轟く


遠くから徐々に
近づき
頭蓋に潜り込み
電動ハンマが穿るように震わせ
また、忙し気に
漆黒を貫き
駆け抜けていく
堅鋼鉄の人造虎



  ──ここで俺は


 すらり
 伸長する緩いカーブ
 三連等間隔に並んだ
 大化け星と
 睨み合っている


 簡素な狭い室
 手脂もぐれの硝子窓
 嘲るように
 半透明のテロップが
 浮かび上がる 


 『お前なんか
  気にしちゃいねぇ』



ふうらりと
揺らめく
顕在意識は
額の面積に渦巻き
思考回路は
破線状に蕩け
眼球視点は
注意方向を見失って
てんでおぼつかず


真白銀の
ドギツイ光芒に
顔面を何度も
突き刺されるように
甚振られながら
  


 正気と夢現 
 そのはざ間


 石油タンカーの姿が過る
 陽光に煌めく
 海面を進む 
 自在角で不鮮明に


 湾岸波止から想像し
 沖合を眺むよう
 ゆうらり、漂い游ぐ
 


 (計り損なわれ
    経過する、沈黙



百歩先に艶光り
照らし出されるまま
仁王立ちする
短い長方形の横看板は
そのご立派な
スタンスを崩さず
定位置を
くっきりと喧伝し続け


右手前
路筋脇の窪み影
古びた簡易の
通行禁止柵に
絡みつく
赤蛇の死骸の体内で
蛍火の行列は代わる代わる
前後運動を瞬くように
いまだ衰えず
繰り返している



我に返れば
土けむりの凪いだ
砕き石混じりの
広い陸地の片隅
睡魔に踊らされるばかり
長い時の旅路から
帰り支度を始める
五十分前


ひとつ押戸を開き
砂落としを
そっと踏み
外界に歩みだせば


すっきりと晴れた
冴えわたる夜青空
数え切れない程の
天体達が、
華やかに散らばり
或いは睦まじく寄り添い合い
思い思いに煌めき立ち


 
 是も非もない
 しんと冷えた風が
 清く澄んだ匂いと、
 仄か春の気配
 直ぐ傍らまで運んできて



今日でお別れ
生活の為とはいえ
ありがとさん
密か孤独の檻にも
過ぎ去りし歳月、
本当に
色んな想い出が
柔らかな懐炉のように
もう温かく
胸一杯に詰まっている

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