追想の彼方

自然の中で、日々の暮らしの中で…移り変わり揺れ動く心の内を 気儘にも身勝手にも感じるままに。

心放され 舞い進み 澄んだ薄明を渡るとき

触れられはしない
けど、時折
ひっそりと
浸ることのできる




 曇りのない
 清らかな 透明感




例えば、
白み始めたばかり
人気少ない早朝の
街場景に
湿らかに充ちる
冷たい静寂のなかに




 ちょっぴり
 嫌味のない程度
 スパイスが
 振り掛けられる




硝子コップに注がれた
炭酸の気泡が
次々、細かく
弾けるように



目醒めたばかりの
小鳥達
きひ ぴひ ぴひひ



夜明けを報す
微騒
どこからだか
気ままな外気を震わせて
何となし耳奥へ




 きっと
 そんなのが丁度いい




心地よく
無重力に浮かべて
身体を包みながら
優しく擽り
しんと染み込んでくる




 そしてまた
 動きだす 涼か風景




ゆったりとした
踏み足に
合わせて、
当たる 柔き風



真綿で出来た毬が
鼻で頬で額で
突かれるみたいに
ぽほり ふわり
 
 
 ふうっと
 昇っていくんだ



淡霧に巻かれた
湖で小舟を
そおっと漕いで、
滑らかな水面
すうらり 抜けるよう



 のんびり
 運ばれるように




その長閑な風を
とこり
とぶらり
歩みながら



雨上がりの朝に
残った雨滴
ぱさり
其処らと彼処で



その都度、
するり剥けた
使用済みラップのような
自分の脱け皮



過ぎた道程
見えない靴の跡形に
点とからり転がって
記憶の後 もう遠く




明るさの増す
来る今日、再び生る
緩い熱に
溶かされ
じわりと消えてゆく

刻の却き 眺め過ぐ夜長の後ろで

変則で命中
深夜勤務
通い途上に立ち寄る
近く藪沼が隠れた
傾き気味の広い路側帯 
細く
伸び掲ぐ外灯の
白明かりに
擦られ
薄く照らし出される



乱れた種々
雑木類の形
輪郭
涼やかで無色な匂い
を呼吸する



足元の先に
絡む迷い草
小さな獣達だけが
入り込めるほどの
隙間を辿る奥まりで
息を潜める闇
また闇
得たいの知れない
深い暗がりから
沈黙を破るように零れ



聞こえ
始める
甲高く




  げぇぁこ、 
  けぇっ、げぁこ けか



   呼応するように
   低く絞る



  ぐゅがっ、
  ぐぃゃ、ぎゅっ ぎぃ




次第にその声は
憚らず堰を切り
量を膨らし
左右に振れる
大合唱の綱引き染みて
吹き出す手前
寸でで飲み込み



ひんやり冷めた
周囲に暫く木霊し続ける
その
蛙達の追い鳴く
声の響きに
心地よく塗れ



毎度のことながら
何にもない夜に
少し高めの西藍空で
優しく光る
三日月がかった月が
ひょっこし

嬉しそにそれを
眺める姿に気がついた

潰え逸れた 破れ心に さざめきの落つ

扱き下ろす
罵り言葉
悪戯書きの消えない
開かずの廃倉庫
打ちっぱなしの
コンクリート壁を
虚ろに
見詰めている



子どぶ鼠逹が
真闇を塞ぐ
茶錆びた鉄格子
から
薄明る外界へ
駿足で駆け降りる
尖った斜模様に湿り込む
残影



嵐めく
荒れ風、乱れ雨
微水片が
ばらばら 飛び散り
頭を反らせ
鈍斑の空に向けた
無表情に解けた顔面

竹串の逆しで
ぷつり
押し突くように
幾つも穿って



次第
穴だらけの
首上には
軽い髑髏塊が揺れて
ぽろり零れ
左脇
不均衡に振れ抜ける
坂道を勢いよく転がり落ち
舗装路の途中
低い止め端で
粉々に砕け
溝蓋網から
刻々と 
洗いざらい流されて
仕舞うことだろう




 半透明な胸中に
 どんより項垂れる
 辛気臭い気分
 ひっくり返し
 晴らせないでいる日



 普段ならそれなり
 愉しめる
 何事を試しても
 根深く沈む思いは
 揺すり起こせない日



 今ここに在る以上、
 遠くまで
 逃げ出せる場所が
 もう何処にも
 見つかりそうにない日




ただ
陰鬱に囲う世界

一体になるだけ
ただ



ただ
じとじと隅なく
延々
濡らされるばかりの景色

同化するだけ
ただ



ただ
伸し掛かるよう
苦い、重さに抗えない
今日だけが
静かに手繰る
柔か陽色の触れる
経ち捲る日まで
密やかに運ばれてゆくまま 
受け入れるだけ
ただ




廃倉庫に向かい
佇む 殻の身と




待つばかり
時の繋ぐ、
疎らに浪打つ その音継ぎ