追想の彼方

自然の中で、日々の暮らしの中で…移り変わり揺れ動く心の内を 気儘にも身勝手にも感じるままに。

降り剥がす 激雨は愚図つく心を

毛布に包まる
枕元の闇に
ノイズの洪水
俄かに、怒涛の如く傾れこみ
浅い眠りを打ち砕く


瞬く薄目から
じわり次第
その高鳴る音嵐に
瞼は完全に剥かれ


快晴続きの
好記録は
二週間余り
地に足つかず夢心地
突発的豪雨に破られた



 ほのぼのした
 暖かな早春の日々が
 一区切り
 いち早く八分咲き
 この間訪れた
 見知らぬ街の
 坂道の日本家屋
 あの広い庭園の一本桜も
 眩い花片を全て
 叩き落とされたことだろう



いっぺんに
引き締められた
虚空気に起きだし
上着をそっと
一枚羽織る
目慣れない
暗い廊下を手探りで進み
玄関の開き戸を
おもむろに開ける


隣家の古びた
コンクリ壁には
外灯の薄明り
狂人が喚き散らすような
土砂降る雨の音



 どぉざ、はばば
 ざは、ばっはば



 速急に直降
 重圧音連打炸裂



 ちゃひ、ったん
 ちゃん、たぼっ



 手甲指先に潰える
 冷たく滲む雨滴



生ぬるい吐息
鼻先に触れ
燻る匂い、後を追う
上昇を阻まれ
くぐもる
浮浪雲のように
削られゆく鼠の煙と
二酸化炭素の混合体


知らぬ間にできた
深めの水溜まり
踏みしめ佇む
途切れず打ち寄せ
崩れる浜波の
飛沫の潰える音にも似た
止めどなく
断続する騒音




暗空の鬱憤が
大花火みたく弾けたようで
何故だか自分の
胸奥に濁り、
渦を巻く憂さも
粉々に散り去り
気持ちが軽くなる


おぼろげな
悪夢の残り香も
寝起きたばかりの
嫌な口渇きも
職場異動の戸惑いも
捗らない不満も


綺麗さっぱり
洗い浚い
否応なしに
押し流された



残されたのは
蟠りの滅却された
歪んだ考えの
微塵の欠片も見当たらない
吹っ切れた身体だけ 



さあ、
始めよう心新たに
そう、続けよう
また有無を言わせず
繰り返す
明日への
垂れ幕は開かれる


この、
時に活発愉快で
偶には塩っぱい
彼の地への
標なき旅路


誰の道でもない
己が信じ
掻き分け潜り
切り拓く道を
歩んで行こう
腹の芯を強く握り締めるよう
今一度、固く心に刻む

茫然自失に抱かれる夜に

雑樹山に囲まれた
隠れ里
細く縫い走る県道
暗に目醒めた剛猛獣たち
地の奥底から
唸り声を上げ


次々と
アスファルトに
旋回足で這い出し
超過速で疾走
その重く分厚い響きは
とっぷり闇色に暮れる
野放図の静寂に
頑強な釣鐘を
打ち鳴らすよう轟く


遠くから徐々に
近づき
頭蓋に潜り込み
電動ハンマが穿るように震わせ
また、忙し気に
漆黒を貫き
駆け抜けていく
堅鋼鉄の人造虎



  ──ここで俺は


 すらり
 伸長する緩いカーブ
 三連等間隔に並んだ
 大化け星と
 睨み合っている


 簡素な狭い室
 手脂もぐれの硝子窓
 嘲るように
 半透明のテロップが
 浮かび上がる 


 『お前なんか
  気にしちゃいねぇ』



ふうらりと
揺らめく
顕在意識は
額の面積に渦巻き
思考回路は
破線状に蕩け
眼球視点は
注意方向を見失って
てんでおぼつかず


真白銀の
ドギツイ光芒に
顔面を何度も
突き刺されるように
甚振られながら
  


 正気と夢現 
 そのはざ間


 石油タンカーの姿が過る
 陽光に煌めく
 海面を進む 
 自在角で不鮮明に


 湾岸波止から想像し
 沖合を眺むよう
 ゆうらり、漂い游ぐ
 


 (計り損なわれ
    経過する、沈黙



百歩先に艶光り
照らし出されるまま
仁王立ちする
短い長方形の横看板は
そのご立派な
スタンスを崩さず
定位置を
くっきりと喧伝し続け


右手前
路筋脇の窪み影
古びた簡易の
通行禁止柵に
絡みつく
赤蛇の死骸の体内で
蛍火の行列は代わる代わる
前後運動を瞬くように
いまだ衰えず
繰り返している



我に返れば
土けむりの凪いだ
砕き石混じりの
広い陸地の片隅
睡魔に踊らされるばかり
長い時の旅路から
帰り支度を始める
五十分前


ひとつ押戸を開き
砂落としを
そっと踏み
外界に歩みだせば


すっきりと晴れた
冴えわたる夜青空
数え切れない程の
天体達が、
華やかに散らばり
或いは睦まじく寄り添い合い
思い思いに煌めき立ち


 
 是も非もない
 しんと冷えた風が
 清く澄んだ匂いと、
 仄か春の気配
 直ぐ傍らまで運んできて



今日でお別れ
生活の為とはいえ
ありがとさん
密か孤独の檻にも
過ぎ去りし歳月、
本当に
色んな想い出が
柔らかな懐炉のように
もう温かく
胸一杯に詰まっている

ただ愉しげに 雨鳴りだけは

外気に晒された
柔肌を
引き裂くよう
辛い痛みを浴びせては
酷しい寒さは
また
何も告げず退いて


霧に霞む昼下り
隣で
しれっと
丸めた背中向け
不機嫌に口を噤む
恋人のような
垂れ籠める天上と
窓越しの宙空に揺れ散る
細やかな
惑い雨のなかに


いつかしら
胸に焼きついた
過去に出会った先達から
届けられた
短くも厚く
重みのある言葉が
うっすらと滲み


名前すら
覚えのない
微々たる蚊擬きのように
羽化して
ゆるり軽やかに
飛び回り
冷たい灰混じりの
沈んだ景色に
紛れてゆく



己のいい加減で
ブレ易い意志を
握り締め貫き進む
至るところ
不実のばら蒔かれている
気の許せない日々
その途中で
立ち止まるのは


いつもこんな
眩い陽射しの翳る日


自責の念が
胸ぐらを掴んで
詰め寄って来る


もう覆らない
幾多の出来事
二度とやり直せない
手繰ることさえ
困難なほど
遠く離れ去った歳月
取り戻せない
途切れた記憶



 胸の内で
 脳髄を
 掻き毟るように
 無心に足掻き
 そして振り払いながら
 駆け回り、
 逃げ続けて居るだけ
 ただの
 だらしのない屑野郎
 なのかも知れない
 俺は



今も消せない
遥か昔の過ちから


生気なく項垂れる
花瓶に生けられた憂い花を
押しつけられるように


その報いに


償うようにも
抗うようにも
そして
追われるようにも


それは、時折
自分を手招きし
呼び掛けるよう
ある日の、
明け方の枕元で
魘された
悪夢のなかでも


こんな
雨に濡れた
山間部に拓ける
どこから
眺めても
やはり辺鄙で
代わり映えのしない
工業地帯の片隅
手狭な一室でも



黴臭いような
砂利臭いような
湿気た匂いが鼻腔を擦る
くだらない
白けた気持ちと
苦い想い出の
欠片ばかりが
粉雪のように
ちらつく


眼の前に
曇らない
生暖かい吐息の味に
乾いた唇を
舐めては、
きつく閉じる
そんな
澱んだ陰に取り巻かれた
冬の午後に佇む
薄暗い窓辺で
 


 誰にだって
 勿論、俺にだって


 悲しくて
 悔しくて
 抑えきれなくて
 やり切れない気持ちに
 なる事だってある


 それが
 どうしたって
 腹の底から噴き出して
 止められなくなる
 そんな日もある


 こんな気持ち
 力任せにぶっ叩き
 原型を留めない程
 砕き壊し
 明日から清々した気分で
 始めっから全部
 やり直したい
 と
 此処からでは
 その輪郭すら
 掴めず
 朧気な影さえも
 存在しない
 崇高なものに切に願う
 そんな日もある



指跡だらけの
滑る硝子窓の向こう側
何気、横目で覗き
そっと斜に
視線を落とす


真っ黒な
アスファルト舗装路
長い窪みの水溜まりに
膨れた雨粒達が
増し注ぎ
隙もないほどに
夥しく波紋を広げ
とても賑かに
弾け合う姿が



仄かに煌めき
甘めに開いた、瞳に瞬く