追想の彼方

自然の中で、日々の暮らしの中で…移り変わり揺れ動く心の内を 気儘にも身勝手にも感じるままに。

綿ジャケ内の重ね着も共に越冬す

春めいて来た
というのかな こんな時
しぶい眼を瞬かせる
朝一番
鼻先を擽る
毛布の暗闇のなか
いつもの芋虫スタイル
今日は寒さで
身体が震えない



二度寝三度寝、繰り返し
のんびりと床上に転ぶ
満足のゆく快眠に
ぱっちりと冴えた瞳
近く電線に留まる雀も
スローテンポ
気持ち良さそうに
可愛らしい鳴き声を
暖かな宙へ
ぴょんこと 跳ばす




  ほっこりとする庭先
  お隣さん家から
  洗濯槽に飛び込む
  水道水の
  急ピッチで
  吐きだされる悲鳴と
  清々しい破砕音が
  躰の隅々まで駆け巡り


  その快活さは
  時代劇で ばっさり
  と
  ぎらつく刀で
  返り討ちにされる
  悪役の ド派手に噴き出す
  血しぶきのような
  奔放さを携え
  周囲の地表を
  なみなみと
  潤していくようで



  ひんやりとする
  そよ風に揺らぐ
  紫煙をゆっくり
  と
  うねりながら
  のぼりゆく
  しなやかな動きに
  釣られて追えば


  さっぱりした薄眩い青


  恰も、自分のために
  用意されたかのよう
  すっきりと
  蛇坂路づたいに犇めく
  瓦屋根たちを超えて
  天空の層を
  無条件に充たしながら




  澄明さの粒子
  わんさと振り撒き




空気も美味しい午前
ちょいと近隣を散策
穏やかさを取り戻した
この低く連なる
稜線に挟まれた
緑多きベッドタウン
どこもかしこも
緩んで見えて 夢のよう



浅広い中流が
すべすべと、
なだらかに下る
様々な自動車たちの離合が
尽きない日々の忙しさ

ついつい
遠い目に浮かべてしまう
正道と並走した
山間底を覗けば



粒々ごろり
と留まる
数多、剥きだしの
大福餅のように白く乾いた
丸み石たちも
ほのぼのとする
ほど高く昇った
朗らかな陽の
温かく 優しい光に
淡金色に照らされ
睦まじく和んで見える




  何時、どこで、なにを
  間違えようが
  履き違えようが
  どこから どこまでの
  歳月を
  どれだけ無駄に過ごそうが
  忘れ去ってしまおうが
  ここから彼処まで
  どんなに輝かしい道を
  見失ってしまおうが



  絶えず ゆす振られ
  浮き沈む
  感情の荒波を泳ぎ抜き
  鬼教官のように
  手厳しい現実という
  試練を 乗り越えて
  この真新しい季節に
  なんだかんだ言って
  今年も、確かに辿り着いた
  紛れもない自分がある



  それだけでいい
  それだけが僕らの道標
  それが幸せの証なんだ
  と
  胸に想い 固めれば
  なんだか
  肋骨の裏側へ
  大切に納められた
  密やかな 鼓動が
  もう一回り大きく
  豊かになった気がした















※綿ジャケ(わたじゃけ)…中綿入りジャケットの略。

quarter rest

散々 降って
また、ちらり

暗宙に踊り始めた
今年の雪はいつまで続く




真っ黒に
塗り潰された夜更け
週末の街灯が
透き通る光で照らしだす
スローモーション
ふわり優しく
何度目の幻想?
数え忘れ 眺めている



空高く、
闇の向こう
飛びたって
自在に羽ばたいている
幾億の
眠れぬ鳥たちの夢
この果てない夜を横切り
翔てゆくのだろう



放たれた
脆い綿羽のよう
そっと
ふらり舞いそそぎ
吸い込まれそうに
しおらしくも
盛んに、乱れる




終わらない
雪片模様のスクリーン




しんと敷かれた
境のない階下まで
絶えず流れ
廻り 移りゆく



くすっ、と最後に
微笑むよう
崩れては 溶け
一つづつ
時を刻む
濡れたアスファルト




また
疎ら、車たちの通り過ぎる
重たげな振動
遠ざかっていく
その、揺らぎながら
霞む残響にも
ひやり滲んで



信号機の青灯が
寝静まる商店街と
新しい
高層ビルが聳える
駅前へと 滑らかに繋ぐ
物寂しい幹線道を
曇りがちな眼鏡に
ぼんやりと浮かべた




日を跨いだ、今夜も
いまだ 昨日から醒めない




黄色く染まる
コンビニエンスストア
本棚の背中
強化ガラスの表端に
つっ立ったまま
傾いた円錐形に
ほどけた明かりが包む
薄れない夜闇を




ただ
降り続くだけ
真っ白な湿り雪たち
耳を澄ませ
まだ、
じっと見上げて み惚れている




冷え切って乾いた
ガス欠気味な 心の裏側に















※quauter rest…
 四分休符。

染みつき 拭い去れず 黙夜を嫉む

うっすらと黄ばみ
埃を被った 
デジタル式カメラ
液晶画像は繰られる



一年前 から
すらりと進め



二年、三年前
彩る季節は廻り



四年前 その
ひと齣に眼を留めた




この秋の頃
一体
どんな風に暮らして

遡る、風景写真のなか
透き通る せせらぎに
艶々と 
飛沫に濡れる
石溜まりに流れ着き
崩れず 
未だ悲しげに
微笑みかける
真っ白な落ち花
ぴったりと身を寄せあい
縁どり、揺れ並ぶ




  上目に思い浮かべ
  情景を辿る
  そう 確かにあの時



  丁度、今と同じように
  求めるものの
  見つからぬまま
  胸のうちに
  拡がり続ける孤独を抱え
  何を放り込んでも
  埋めきれやしない
  虚しさ はぐらかすため
  


  物言わぬ、樹々の切れ間
  そっと佇み
  きらきらと溢れる
  その、
  水音に洗われながら
  常緑の葉叢に挟まれて
  斜めに開け伸びる
  空の小道を 時折
  吸い込まれるよう眺めていた




この密やかな
暗がりのなか
上辺だけを滑稽に
雑踏に零れて転がった
昨日の
話し声たちが泳いでゆく
寒波を抜けた、気の緩み
記憶も
途ぎれ、途ぎれ
輪郭もうつろに
微睡みかけた深宵




綴り始める文字
見失った心は
在り来たりな言葉では
呼び戻すことなど出来ず



程よく冷えた部屋に
ゆらり漂う空気が
悴かまぬ 
手指を見下ろし嘲笑う




それならばいっそ
躰ごと夜闇へ
ほろり 溶けだしたい

投げ出しようもなく
滞るばかりの
くすんだ気持ちが
鮮血の滲む
擦過傷のように疼いて



冬の途中
幾度と知れず
想い 見詰めた
節榑立つ 池畔の桜枝
まだ幼く、固い蕾を



意地らしくも
あの 柔らかに大地を包む
春に向かい
また
一回り大きく 膨らませるのだろう




















※黙夜(もくや)…
押し黙る夜。
ひっそりと、静まり返る夜。