追想の彼方

自然の中で、日々の暮らしの中で…移り変わり揺れ動く心の内を 気儘にも身勝手にも感じるままに。

潰え逸れた 破れ心に さざめきの落つ

扱き下ろす
罵り言葉
悪戯書きの消えない
開かずの廃倉庫
打ちっぱなしの
コンクリート壁を
虚ろに
見詰めている



子どぶ鼠逹が
真闇を塞ぐ
茶錆びた鉄格子
から
薄明る外界へ
駿足で駆け降りる
尖った斜模様に湿り込む
残影



嵐めく
荒れ風、乱れ雨
微水片が
ばらばら 飛び散り
頭を反らせ
鈍斑の空に向けた
無表情に解けた顔面

竹串の逆しで
ぷつり
押し突くように
幾つも穿って



次第
穴だらけの
首上には
軽い髑髏塊が揺れて
ぽろり零れ
左脇
不均衡に振れ抜ける
坂道を勢いよく転がり落ち
舗装路の途中
低い止め端で
粉々に砕け
溝蓋網から
刻々と 
洗いざらい流されて
仕舞うことだろう




 半透明な胸中に
 どんより項垂れる
 辛気臭い気分
 ひっくり返し
 晴らせないでいる日



 普段ならそれなり
 愉しめる
 何事を試しても
 根深く沈む思いは
 揺すり起こせない日



 今ここに在る以上、
 遠くまで
 逃げ出せる場所が
 もう何処にも
 見つかりそうにない日




ただ
陰鬱に囲う世界

一体になるだけ
ただ



ただ
じとじと隅なく
延々
濡らされるばかりの景色

同化するだけ
ただ



ただ
伸し掛かるよう
苦い、重さに抗えない
今日だけが
静かに手繰る
柔か陽色の触れる
経ち捲る日まで
密やかに運ばれてゆくまま 
受け入れるだけ
ただ




廃倉庫に向かい
佇む 殻の身と




待つばかり
時の繋ぐ、
疎らに浪打つ その音継ぎ

虚脱した身心へ 無慈悲にも 度重ね上塗らる


まだ星月達の
煌々と覗いた
早朝の闇から
西陽の厳つい夕刻
まで
仕方のない精一杯
無気力になるまで
納得のうえ
目の眩むような忙しさ

食い扶持目当てに
働いただけ



沸点を越えた
脳味噌に
消火液を
満遍なく浴びせかける
最善の選択
冷たい室陰に
滑り込む





  薄窓帷で遮蔽された




  密閉空間に




  三輪車を漕ぐよう
  洗濯挟みつき
  物干し
  やつれた声音を運ぶ





しかし、現在時
既に
正常に機能しない頭が
気にかけている
脱ぎたての革靴



踵を掴み
持ち上げると同時
もやり湧きあがる



脱ぎたての
瞬間記憶が
顔面を覆うように
確然と
浮き彫られ





  噎せかえるほど
  生臭く
  異様な匂い
  は
  その死骸から漂う




  暗く染みた
  コンクリートに放棄され
  る
  毒針鰭が閉じた
  焦赤い斑外道
  の
  白眼玉を
  見詰めて
  爪先で突っついた
  羽音のうるさい
  蠅が散る
  一瞬
  また戻り
  幾つもの黒子が
  乾いた鱗に
  動きまわる、不規則に
  素早く歩いて
  飛んで付く
  そこらで
  くるりと廻って
  飛んで付く




  あの虎縞
  縁石の隣
  腰丈のガードレール
  溝川の出口 右角に
  生気を失った
  人気ない
  牡蛎打ち場
  は
  いつから稼働を止め
  廃れ捲った姿
  に
  変わり果てて
  いたのだろう




  潮錆びだらけ
  傾斜搬送装置
  の骨組み
  が無残に崩れ
  小漁港の海水に
  倒れ
  落ち刺さって
  わさ わさ わさ
  と
  単調に繰り返す
  青黴色の
  重たげな揺蕩いに
  も
  びくともしない





生温く緩んだ
定まらない思考
ぼやけて歪む
火照りやまぬ
平額の奥まりで
明滅す、
渦を巻く澱み



脂汗の滲むほど
執拗に
暑いばかり
昼日中に喰らった
ぶ厚い弧を被せ
充満する 
春跨ぎの熱光が



奔放に駆けた
少年時代の隙間に
残る
煤けた切れ端

投げ球を拾う賢い犬のように
またも遠くから
俊敏に引き摺り
持ち帰り
阿る素振りも見せず
そっと足許に置いて
逃げ去った

淡き桜は開け 明暗の時を 澄み空に深く刻み

さらり
舞い踊り、
はらり
降りゆく 幾千の花びら
その
芳しい匂いのなか
滑るように
潜りながら
通りすぎる




  目映さの裏
  俯いた世間




  何気に捲る 春の日々




いつの間にか
青い葉の新たに生まれた
細い銀の枝に
柔か花の満ちる
並木の記憶を
思い浮かべて



十余年の歳月
迷いながらも歩み続けた
この道は
君との巡り合わせ
尚も、
固く結び
弛みなく
繋いでゆくようで




  例え、それが
  今ではもう
  信じるに足る
  確かで
  揺るぎない
  想いでは
  無くなっていたとしても




  胸に抱く
  儚い望み
  も、今ではもう
  その欠片にすら
  届かない
  幽かなもの
  に変わっていたとしても




ひとひら

可憐に散り
澄み空に閃き
そして、
振り返らず ゆっくり

季節は廻り



また
薄紅は繁く
盛んに目醒め
暖かな春景色

華やかにも
うっとり
切なげに 彩るのだろう