追想の彼方

自然の中で、日々の暮らしの中で…移り変わり揺れ動く心の内を 気儘にも身勝手にも感じるままに。

指先に灯す

隣にいるのに
視線は変わらず
赤信号に静止する人型に向けられたまま
まるで無関心を装う恋人のような
切ない秋の街角


淋しさに痛む胸を擦る
さすらい風が 冷たく幾度も吹き抜けて


輝きだす朝の空に
鱗になりきれない淡雲たちを
遠い南へ追いやってゆく



鳴りやまない喧騒は
交差点に溢れ
ただ眩く降り落ちる
温かな光が 陽気に躰を包みながら
乾き切らない心の部屋の
暗い隅まで滲んだ



郊外の幹線道沿いに
新装開店したばかりの
スーパーマーケットみたく
馴染めない
小奇麗な季節の匂い


これから
どこへ行こうかと
込み入る電柱の頭を眺めても
見えてくるのは
爪先の悴む 開け透けた冬へのロード


ありふれたリズムで歩道に零される
支子色の会話が 足もとを泳ぎ
並ぶ人影は輪郭を揺らしながら
背中に消える



紙コップ一杯の
ホットコーヒーを
じっくりと飲み干したような表情で


ー病院の待合室を発つ時
 透明なドアの前で
 不意に振り返り  
 すき間だらけの長椅子をみるように



焦げくさい
昨日の夕暮れの田舎道が
薄っぺらく目の前に伸びてゆき


萎れそうな眼差しに
軽く微笑んで
ゆるり 瞼の裏に転がった

淡い秋のペーソス

峠から逸れた脇道
ぐるり曲がって 下り着いた
貯水池の看板の足元から
なだらかに登りゆく
ざらついたアスファルトを
視線は辿る


やわらかな風が
すっぽりと開け放たれた東から
確かに色づき
零れそうな樹々の
葉を撫で 細枝をそよがせ



道の端から端へ
   ゆらりと
   ふわりと



寡黙な水面に
跳ね落ちる音 ぽつり響くと
遠目に紡がれた
白銀の糸は
ゆるやかに震え、延びる


蟋蟀たちの小さな囁きは
優しく宙を舞いながら


彼方で波打つ稜線
平たく空に張りついた鈍雲が
じわり割れて
目映い黄の光が漏れた



冷たく
そっと
  漂う薫りが躰を巡り



しんと顧みず進む
乾いた季節の中で
雑じり気のない景色に委ねた心は
滑らかに薄らぎ 昇るように解けてゆく


そして
静かに瞼を重ねる


ゆっくりと
躊躇いのない息遣いを
澄み渡る時に伝えながらー

黒の底に揺れ

酸っぱくも辛くもない
ただ 冷たい風に慣れてしまった
早秋の夜更け


ぱらつく雨は途絶え
部屋の片隅で
画面の明かりに流れていた 華やかな物語は
涙目と一緒に闇に紛れてしまい


とっぷり
落ち窪んだ胸に
ふらりカラフルな風船たちが
居場所を見つけたように
転がり込んでは じゃれ合っている


躰は
薄っぺらい寝床に 
また一段と 深く沈み行き
高くのびた暗い虚空に
乾いた溜め息を放りだす



 朝が来れば
 予報通り
 垂れ込めた空の街を歩いている


 朝が来れば
 傘を差した
 憂いを纏う人影の
 濡れた足音とすれ違い


 朝が来れば
 水溜まりを切り 走り去る
 タイヤたちの遠ざかるノイズを
 つぶさに追いかける



今日はまだ
始まらない
始まってやしないのに


晴れ間の見えない場景ばかり
浮かべ 眺めてしまうのは



確かなものを
何ひとつ掴むことの出来ないまま
空き缶の山を
積み上げているばかりの


目的のない自由を
ぶらつきながら
生きてきた


じれったいほど怠惰で
臆病で独り善がりな
自分のせいなのかも知れない