追想の彼方

自然の中で、日々の暮らしの中で…移り変わり揺れ動く心の内を 気儘にも身勝手にも感じるままに。

湾岸の休日にヒタル

甘く香る刻が
涼しい海風と
なめらかに混ざり、流れる
穏やかな朝の浜辺に そぞろと 軽く落ち着き
のどかな景色を眺めている
眼の前に横たわる
瞬く青に塗られた 楕円形の隅っこでね



 ほら、あそこ
 瞳を振った斜め左 半ばほどの
 河口へと繋ぐ
 高い大橋を潜った向こう岸の港に
 カラフルな紐絵入りの白い鯨が
 じっと、こちらを 見つめ 返して



 その視線を遮るように
 突拍子もなく
 尖ったモーターボートが
 真っ白な飛沫を噴き上げて、跳ぶように
 唸りながら横切っていくよ



 ふいに周囲を見回すと
 釣り人たちは 流れ雲のように
 いつのまにやら姿を消して
 家族つれの潮干狩りは、まだ
 稀にみる睦まじさで のんびりと続いている



 ずゆりと崩れる濡れた砂
 疎らに打ちあげられた 貝殻たち
 じっくりと探して拾い集めた
 小さく透き通る
 綺羅びやかな、真珠いろの ナミマガシワ
 のた打ちまわる 自然薯が凍りついたような
 乾いた流木に乗せて
 柔らかな日差しに晒しながら



 あと三十分ほど
 裏山の迫りだした木陰に隠れる
 この平たく冷たい
 テーブル石に座り込んで
 洋服屋の開店時間を、待っているのさ



 すべてが有りの儘に
 溶け合って 僕もその中に
 転寝しそうな
 こんな黄金週間も 中々いいかな、なんて
 心の内で 呟いたりして



賑やかに 誘う
祭り囃子を奏でながら
面白可笑しな衣装に身を包む
子供たちの行列が
繊細なオレンジに染まる 夕焼けの街で
忙しい人波を隔てた
空中に渡す 見えない道を
そっと暮れゆく
大きな太陽に向かって
踊るように 歩んで行くさまは



この場が背の方へ離れ
何げと振り返る目尻で
丸刈りの後頭部を
しっとりと逆撫でるような
優しい波の音に揺られて 伸べるよう 遠く
広く晴れた淡い憧憬の空に
なぜだか不思議と、浮かんでいたんだ

切っかけはいつも 不明瞭な恋 ーUnclear loveー


冷たさの戻りが
決して急ぐことのない春へ
穏やかに 放された空色
淡く、敷かれ列なる
雲の帯を見上げて ひとつずつ
擦りながら行方を追うと
遠く、ゆったりと鳶が廻る
凪いだ気温のグラフラインのように
なだらかな稜の 裏側へ
階を辿るように 降りてゆく姿



 すると、いつかの
 柔らかな真夏の海が現れる



ぴらちかと煌めきながら
艶やかに、目映く ああ
引き寄せられるように
水平線へと続き そして、その際で
瞬間が 生卵を床板に
飛び散らせてしまった時のように弾け
心景のさらに奥へと
つっと速く、滑り拡がり
長く途切れず 繋がって
いつしか 最先端の甘やかな光のなかで



 結ばれる
 絡みあい、溶け合うように



懐かしさが、すっと胸に揺らいで
浮き立つような恍惚の中に
解かれた羽毛になって
舞い昇ってしまいそう
少なくとも
否定的でない未来を描いているようで
こじんまりとする
それでいて、纏まりのない崖っぷち寄りの生活に
純水の滴が落ちる



 喜びは無垢に
 全身を包みこんで
 ときめきは華やかに 崩れていくようで



迷い旅の途中で
黄蝶々がふらり
住宅街の舗装路を横切る羽が、そう
淡い夢の残り香を漂わせるように
きっと どこかで
静かに蕾を開いた
暖かな季節の小花も、また
可愛げな
宛名のない呟き すわと
擽るような調べを添わす
せせらぎに浮かべて
微笑みながら そっと、見送るのだろう



 信じられることが、唯一
 現実を生きる力へと 変えられるのならば
 食い破りたい 雑念を



圧し留まる足元に
さらり乾いたベージュの砂が
少々キツめの、荒い風に巻き上げられて
運動場を縦横無尽に走った
誇まみれの あの日
もう、帰ることもなく過ぎ去ることが
思い出になるなんて考えも
細かに乱れた記憶と ない交ぜになって
気の抜けた炭酸を呑み込んだような頭へ
ぼんやりと 縺れるように
張りついているさまを
密かに想う
君の真摯な眼差し 背けるように
咽びだす夜更けに重ねて じっと、眺めている

その一言が欲しい 僕はただ ーCurrnttly,delusion

誰かしらの
盲点につけ入るあざとさ
を切り落としたい




死貝のように
半開きの 唇
から
立ち上る吐息は すわら
か弱く細く 繋ぎ昇って
天井に打ち当たり
崩れ ゆっくり

弾けるよう 靡いて進め
延べ張り 満たし 淀んで
揺れる




ーーああ、ほら、春風を帯びた
  青空を濁らせてしまった




窓辺から微かに
漏れ伸ぶ
冴えない光がその記しで
まるで、
真綿に染み込む
紫に変色した
ヨウ素液みたく
気味が悪い
心配してくれなくてもいいよ
頭上近くの電線に乗り
そんなに喚いて、雀さん
傷口がまた 擦れて
じゅくじゅく
痛みだすだけだから




ーー僕はまた、
  いつかの 間に合わせの物語に
  綴じ込められたまま
  頬杖をつく




この地球上のどこか
神妙に目醒めた夜に
申し訳程度の
星屑のひと粒が、
幾億の視線の針先で
ひっそり

突っつき回されるのを
じっと
待ち草臥れているだけの
虚しさの布っぱしを
握りしめる
ど田舎無人駅の
鳴かず飛ばずな
親不孝キップ
なのかも知れない、なんて




きっと、もっとずっと
心の奥底では
大好きな君を
ぎゅっと
きつく抱きしめたいのか
それとも、ぐっと強く
抱きしめられたいのか




ーー本音が
  暮れ街のノイズと混ざり
  滲むように ぼやけては 霞んで
  そして、くすんで
  
  収縮を繰り返しながら 
  散り散りに 放れてゆく




真っ黒な巨鉄鍋のなかで
どうしようもない位
熱く煮立った
すき焼きの
ふやけ豆腐のように
とろほろと零れ
箸先で掴めないほど
弛緩したおつむに、
てんてこ舞いしてるんだ




けど、この気持ちは
腑甲斐なさを誤魔くら化すため
の嘘なんかじゃない










*Currently,delusion…目下、迷妄。