追想の彼方

自然の中で、日々の暮らしの中で…移り変わり揺れ動く心の内を 気儘にも身勝手にも感じるままに。

そぞろ辿れば郷の彩り

細流の伝う
その三千歩先で
微睡むように揺らぐ 鮮青な海を
とめどない南の空に 暫し浮かべて
ぴりりと横顔に滲みる
爽風の匂いと
冷たく淡に、過ぎる手触り
そっと送る 静かな背へ



悴みほどけ正午前
なだらかな谷間 掬うように登る
ゆったりと和みだし 綻ぶ軒並み
うねうねと曲がりくねる
幅狭な坂道の途中
汗ばむ身体と
少し疲れた 息を置く



 高みから眺める
 今にも滑りだせそうな
 屋根続きの裾
 どこかしらの園庭で
 はしゃぎまわる子供たち
 無邪気で憎めない声が
 朗らかに聞こえだし
 微笑ましく 宙空に映え渡り


 丸いパステルカラーのハッチバック
 肩越しを何気にととろ下ると
 働き者のハコバンが 入れちがいで停まり
 手短な挨拶にボール紙の荷物
 すすら、ぽんと受け渡されて


 郵便配達の
 真新しい小型のバイクが
 てゅるりと現れ
 片手に掴まれた封筒は
 かたん、とひとつ 素朴を鳴らす


 
  快調に
  周り震えるエンジン音
  くっきりと辺りに響き
  どの一台も のんびりと
 


 表情豊かに
 民家の連なる
 隙ぬう小路をくぐり
 密な、アーガイル柄の毛織
 敷き伸ばしたように広ぐ景観の
 網目のなかへ 遠ざかる



ずっと
気付けずにいた
眼下の道脇に ほっと
昇り撓う 竹林の陰にひっそりと佇む
苔草が斑に張りつき
縮こまる 落ち葉の疎らな小さな広場で
向かい違わる平たいベンチは
お互いを横目に見交わしながら


いつかまた
好く晴れた
やわり穏やかに咲く春の日が 傍に訪れるまで
じっと 待ち焦がれる
通りすがる名も知れない誰かに
温められるときを 囁き合うように

冴え澄む冬日は戻らずに翔る

固いプルタブに
圧されて跳ね上がり
淡く香る ソーダ水の細かな気泡が
渇いた喉へとくとく運び転げ
愉快に弾けるように
冷たく吹き競う潮風は
艶めく深い エメラルドを想わせる 
水面を乱し踊らせながら
その漣を煌めかせて止まない


遠き過去に洗われた
戦渦の面影が入り混じる
弓なりに広い 賑やかな港街の
大きく開いた河口から望む
延びやかに抜ける海原に
駆り立てられた気は
颯爽と走りだし 勢いに乗り
しなやかに翼を伸ばして
透き徹す彼方に向かい
そう、真っ直ぐに 歪みなく羽ばたいて



 粉雪がちらりと舞い惑う
 痺れるような寒さと
 長く隔たる距離を越え
 昼間のめくるめく出来事と
 縦横へ飛び交う雑音に紛れて見失った
 この胸にじわり 寄せては揺れる
 微かな ささめきの在りかを
 すっと 
 眠りに落ちるその前に
 振り返り眺める
 慌ただしくも穏やかに過ぎた
 ささやかで それでも確かな
 薄い小旅のページに探す



やわらかく
そして静かに漕ぎだすよう
明くる朝陽は昇り
すべらかな景色へ鮮明に浮かび映ゆる
散り終えた極彩色の
流れるような山肌に目醒めた
昨日の記憶は
淀みない蒼空と温かに降りそそぐ
眩い光にふわりと描かれ
指先に摘まみ含んだ
板チョコレートの欠片のように
ゆるり滑らかに溶けて
しっとりと途切れ
放れては霞む


心伝う
仄かな苦み
ふっと優しくほろり零して
抱くように そっと
重ね合わせる睫の先に
いずこへの無垢な焦がれ 残したままで

浅し冬に薫るレモン

暮れなずむ空陽がまた
目まぐるしくものんびりと駆けた
今日へお別れ
色濃く目映いオレンジに光る
背中まるめて ゆっくりと


西に高くはだかる山影に
その向こう 谷懐をいくつも跨いだ
港湾から眺める島景にも
しっとりと漂い始めた帷のブルーへ
見送られるように
じわりと隠れて そっと


やわらかに
天上に延べ広がる
虹めく 淡いサワードロップは
薄闇にゆったりと
染み入るように溶かされて
蕩けるように瞳をくぐり ふうっと
冷えだしそよぐ 夕風に乗る