追想の彼方

自然の中で、日々の暮らしの中で…移り変わり揺れ動く心の内を 気儘にも身勝手にも感じるままに。

さやか季節の余白に浮かべて

峠の森で
土砂崩れに抉られた爪痕が
乾き澄む空へ放される


秋づく景色を破ったまま
無残な姿をはだける 寸断された道路にも
やさしい午後の陽差しは
柔らかな温もりを灯す



乱れ草からむ
雑樹の透き間に
オリーブ色の池の水面は細やかに滲み
やがて 幾重にも連なる
さざ波を作り
煌びやかに瞬く星屑のような
光の群れを集めながら 
しんと
すべらかに現の大河へと運ばれて



はらり、すらら
歩みを向けた帰路の
トンネルの傍らに高く
黄染まる葉は しなやかに
掠れゆく暑き日々の面影を
移ろう刻の風へ 溢すように流れ落ち
その淡く目映い薄身を
ふわりと繁みに溶かしていく



艶めく黒髪を背中に
さらり揺らす懐かしい人影を
道程の先へ遠く 見送るように



そっと 振り返る
たまゆらを癒やす休息に
かけがえのない追憶の情景たち


ひっそりと鎮まる
安寧に満たされた部屋の
恍惚にほどけゆく 藍明の宙にのぼる


ゆるら
たおやかに靡く
鮮麗な彩りに包まれた
夢幻のフレーズを 未だ見ぬ遥かなる憧憬へ
導くように奏でながら

Purasiolite

 -波打つノイズの海に 
  やわらかに透き通る
  ピアノの音色を そっと乗せる



赤錆の滲む鉄骨の
複雑に組み込まれた
難解な立体パズル


整然と縦横に並び
歪曲しながら走り巡る
配管パイプの巧妙な迷路


積もる埃に汚された
剥きだしのコンクリートは
儚い役目を全うし終えた
巨象の骸のように経つ



眠らない
マシンシティの一画
朽ちゆく廃墟に跳ね交い
宙空で渦巻く騒音のうねりに


引きこまれ
巻き込まれ
揺さぶられ
圧され捩れ
そして伸びゆき
堪えきれず、千切れて


投げだされるように
四角い吹き抜けの開け放つ
高空に飛んだ



 肉体から裂かれ
 分断した 内なる叫びー



光り透かす滑らかな青に
吸いこまれるように解けて


気儘に流れる
風行くままに



 ーそしてまた
  波打つノイズの海に
  やわらかに透き通る
  ピアノの音色を そっと乗せる



運ばれてゆく
まるい一雫の
淡い幻想に誘われるように


拡がってゆく
地平線を遥か彼方まで
清らかに延ばし 渡すように


繋がってゆく
果てなき時と世界へ
小さな生命の微睡む 
安らぐ息吹が
しなやかに触れ合い   溶けあうように








Purasiolite(プラジオライト)…グリーンアメジストの別称。

指先に灯す

隣にいるのに
視線は変わらず
赤信号に静止する人型に向けられたまま
まるで無関心を装う恋人のような
切ない秋の街角


淋しさに痛む胸を擦る
さすらい風が 冷たく幾度も吹き抜けて


輝きだす朝の空に
鱗になりきれない淡雲たちを
遠い南へ追いやってゆく



鳴りやまない喧騒は
交差点に溢れ
ただ眩く降り落ちる
温かな光が 陽気に躰を包みながら
乾き切らない心の部屋の
暗い隅まで滲んだ



郊外の幹線道沿いに
新装開店したばかりの
スーパーマーケットみたく
馴染めない
小奇麗な季節の匂い


これから
どこへ行こうかと
込み入る電柱の頭を眺めても
見えてくるのは
爪先の悴む 開け透けた冬へのロード


ありふれたリズムで歩道に零される
支子色の会話が 足もとを泳ぎ
並ぶ人影は輪郭を揺らしながら
背中に消える



紙コップ一杯の
ホットコーヒーを
じっくりと飲み干したような表情で


ー病院の待合室を発つ時
 透明なドアの前で
 不意に振り返り  
 すき間だらけの長椅子をみるように



焦げくさい
昨日の夕暮れの田舎道が
薄っぺらく目の前に伸びてゆき


萎れそうな眼差しに
軽く微笑んで
ゆるり 瞼の裏に転がった