追想の彼方

自然の中で、日々の暮らしの中で…移り変わり揺れ動く心の内を 気儘にも身勝手にも感じるままに。

自身喪失の距離

冷やりと
透き通る
瑠璃色と思しき
ビー玉が
空っぽの頭蓋のなかを
不可思議な速度で
転げつつ
廻っている



その
遠心力と微揺動が
宙空に薄ら
映し出されるの

熊の縫いぐるみを見るように
眺めている
上がり目の
角度は依然
曖昧に游いでいて



ここぞとばかり
振り下ろす
虫取網から蜻蛉を逃した
無邪気な少年の意識が
俄硬直し
すかさず
その魂が肉体から
すすうと解脱して
昇りゆく感覚




  開け放たれたまま
  強横風に




  弄ばれる 勝手口の扉




嗚呼呼

落胆の三語を
唇の隙に出すより早く
胸の内で
零してしまうような



ウィンドウ越し
マネキンに飾られる
お洋服のお値段に
深い溜め息を漏らし
自分は底辺なんだと
鮮やかに
再認識するような



飢餓状態に陥った
胃袋の内壁同士が
その苦境を共に
耐え忍ぶため
仲良く手を取り合おうと
している瞬間のような




金魚鉢で飼われる
出目金が
その場泳ぎで水面に
おちょぼ口を
ぱくぱくさせて
必要量だけ
酸素を補給するよう
虚空を食んでいる
ようにも例えることが
出来なくもない



スリープ状態の脳髄が
再起動する切っ掛けを
待っているだけなのか
ただ単に
エネルギー不足に陥り
操縦不能な木偶に
成り下がって
しまっているだけなのか




  両の眼は
  剥かれたまま
  天を指して




  瞳孔も口腔も
  恐らく開きっぱなし




そう
未明より先ほどまで
一体自分が何をして
過ごしていたのか
そこから一体どれ程の
時間が流れ去って今


この地球上
この地点にいつから
このふやけた
生物が存在して


いるのかまるで
断片すら記憶に
留まっていないという
事実だけは
確かに認識できている
というのに




不意に
見遣る
連日の真夏日を
避けるべく
身を潜める
ほぼ洞窟と化した
温い避暑室内
デジタルの壁時計
蹴散らかされた綿布団が
足許に踞っている




  後四十分ほど後
  出勤直前に、
  自動到達する 驚愕




  猶予は残されている




だが
どうにも仕様がない
トートバッグ
底に埋もれる
スーパーで買った
賞味期限すれすれ
外包装がシワだらけ
乱雑な荷物に
平たく潰けた
脂っこい
粘着質な
ウマザキの逸品
惣菜揚げパンでも
落ち着いて
先にもぐもぐしてしまおうか

心放され 舞い進み 澄んだ薄明を渡るとき

触れられはしない
けど、時折
ひっそりと
浸ることのできる




 曇りのない
 清らかな 透明感




例えば、
白み始めたばかり
人気少ない早朝の
街場景に
湿らかに充ちる
冷たい静寂のなかに




 ちょっぴり
 嫌味のない程度
 スパイスが
 振り掛けられる




硝子コップに注がれた
炭酸の気泡が
次々、細かく
弾けるように



目醒めたばかりの
小鳥達
きひ ぴひ ぴひひ



夜明けを報す
微騒
どこからだか
気ままな外気を震わせて
何となし耳奥へ




 きっと
 そんなのが丁度いい




心地よく
無重力に浮かべて
身体を包みながら
優しく擽り
しんと染み込んでくる




 そしてまた
 動きだす 涼か風景




ゆったりとした
踏み足に
合わせて、
当たる 柔き風



真綿で出来た毬が
鼻で頬で額で
突かれるみたいに
ぽほり ふわり
 
 
 ふうっと
 昇っていくんだ



淡霧に巻かれた
湖で小舟を
そおっと漕いで、
滑らかな水面
すうらり 抜けるよう



 のんびり
 運ばれるように




その長閑な風を
とこり
とぶらり
歩みながら



雨上がりの朝に
残った雨滴
ぱさり
其処らと彼処で



その都度、
するり剥けた
使用済みラップのような
自分の脱け皮



過ぎた道程
見えない靴の跡形に
点とからり転がって
記憶の後 もう遠く




明るさの増す
来る今日、再び生る
緩い熱に
溶かされ
じわりと消えてゆく

刻の却き 眺め過ぐ夜長の後ろで

変則で命中
深夜勤務
通い途上に立ち寄る
近く藪沼が隠れた
傾き気味の広い路側帯 
細く
伸び掲ぐ外灯の
白明かりに
擦られ
薄く照らし出される



乱れた種々
雑木類の形
輪郭
涼やかで無色な匂い
を呼吸する



足元の先に
絡む迷い草
小さな獣達だけが
入り込めるほどの
隙間を辿る奥まりで
息を潜める闇
また闇
得たいの知れない
深い暗がりから
沈黙を破るように零れ



聞こえ
始める
甲高く




  げぇぁこ、 
  けぇっ、げぁこ けか



   呼応するように
   低く絞る



  ぐゅがっ、
  ぐぃゃ、ぎゅっ ぎぃ




次第にその声は
憚らず堰を切り
量を膨らし
左右に振れる
大合唱の綱引き染みて
吹き出す手前
寸でで飲み込み



ひんやり冷めた
周囲に暫く木霊し続ける
その
蛙達の追い鳴く
声の響きに
心地よく塗れ



毎度のことながら
何にもない夜に
少し高めの西藍空で
優しく光る
三日月がかった月が
ひょっこし

嬉しそにそれを
眺める姿に気がついた